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カテゴリ:アメリカ生活
  • 綺麗になろう Part2
    [ 2006-04-12 03:05 ]
  • 在留資格認定書証明交付申請書 日本帰国仕度
    [ 2006-04-11 03:32 ]
  • これから
    [ 2005-09-08 23:08 ]
  • 国際結婚と両親
    [ 2005-09-01 05:15 ]
  • ニューヨーク生活 (飲食)
    [ 2005-08-30 16:30 ]
  • ニューヨークに住む (医療の実態、保険等)
    [ 2005-08-29 03:40 ]
  • プチ旅行
    [ 2005-08-26 14:52 ]
  • 式後
    [ 2005-08-26 14:25 ]
  • 披露宴
    [ 2005-08-26 13:54 ]
  • 結婚式
    [ 2005-08-26 03:52 ]
綺麗になろう Part2
ニューヨークはここ最近とても暖かい日が続いています。
先週はいきなり雪が降ってびっくりだったけれど、きっと
それが最後の雪雲のいたずらだったのかな?

春になってきて、手持ちのお化粧品が切れてしまったのも
あって、最近基礎化粧品からお化粧品を買い換えました。

今まで使ったことが無かったのですが、下地とファンデーションを
PAUL & JOEに変えました。
実はずっとファンデーションを変えることは考えていたのですが、
ファンデーションの色を選ぶのがついつい億劫で。

下地はProtective Foundation Primer.
SPF30で、伸びも良いし、うっすらと気になるところをこの時点で
カバーしてくれるのが嬉しい。 $25
PROTECTIVE FOUNDATION PRIMER

ファンデーションはFluid Faoundation.
こちらもSunBlock入り。確かSPF35だったか25だったか。
色は私は03を選んだのですが、これまた私の肌色に
ぴったりでした。 $34
FRUID FOUNDATION
↑注意、セフォラのページにFluidFaoundationが載っていなかった
ので、見た目の参考に普通のリキッドを載せておきました。
とても軽いリキッドファンデーションで、Shimmer効果あり。

そして何よりものお気に入りはPressed Powder。 $35
これは絶対お勧め。クリーム状のプレストパウダーなのだけれど、
本当に細かい粒子が綺麗に薄く着いてくれ、またパーリー効果大。
私の色目は002です。
PAUL & JOE PRESSED POWDER 

でもって、本当はプレストパウダーなのだけれど、大きなブラシを
使って使うlaura mercierのものを私はチーク用として購入。
ピンクでもない、オレンジでもない微妙な肌色を
大きなブラシで何度も重ねると良い感じになる。
でも、プレストパウダーなので厚く着かないところが良い。$32
PRESSESD POWDER
私の色はMatte Bronze Lightです。

そうそう、laura mercierのFaundation Primerは日常のお化粧
の下地としてお気に入り。普段仕事に行くだけの時は
ファンデーションの日焼け止めの量で十分。なので、
Paul&Joeの下地は外で活動予定の週末なんかに使って、
こちらの日焼け止めの入っていない下地はWeekday用。 $30
FOUNDATION PRIMER
オイルフリーのものも新たに発売されました。

以前私はCLINIQUEのアイクリームなんかを使っていたの
だけれど、この季節の変わり目の肌が敏感になっている
時期、アルコールが強すぎるのか、ちょっとひりひりする
感じがしたためアイクリームをもう少しナチュラルなものに
変えたのですが、このアイクリームがまたこってりしていて
私は大好きになってしまいました。

夜用アイクリーム
High Potency Night-A-Mins®
Mineral-enriched eye cream
昼用アイクリーム
Eye Doctor®
Moisture care for skin around eyes
ORIGINS

あと、いろいろ試した中で一番よかったにきびケアが
Tea Tree Oil
季節の変わり目は部分的に肌が乾燥しやすい私は
吹き出物(若い場合はにきび?)がちょこちょこ顔を出す。
今までは乾燥を防ぐためにエッセンシャルオイルを
使ったけれど、殺菌のために使ったことは無く、
1ヶ月くらい前にかった100%ピュアのこのオイルを
綿棒で夜気になる部分の上にお手入れの最後に
ちょこっと置いて寝ると、すごく不思議だけれど
次の日には平らになって赤みが引いている 又は
かさぶたになって薄皮がめくれていたりする。
THURSDAY PLANTATION


もちろん傷の殺菌にも良いので、薬箱の中に
常備しておいても良い一品。 


お試しください!
by katespaper | 2006-04-12 03:05 | アメリカ生活
在留資格認定書証明交付申請書 日本帰国仕度
あっという間に半年が過ぎてしまいました。
皆さんお元気なのかな。
長くログインをしないまま今日になってしまいました。

結婚生活。。。は正直何の変わりも無く、
このままでは私達の結婚生活は2人で時間を過ごすことも
出来ないまま時間だけが過ぎ去ってしまうということで、
やっと日本に帰国が現実的になってきました!

今後の国際結婚組さんたちの参考にでもなればと思い、
アメリカ人配偶者に日本のビザを申請の手続きに関して
説明したいと思います。

まず、お世話になるのは日本大使館又は領事館と入国管理局。

ニューヨーク領事館
入国管理局

入国管理局に関しては近い所在地を探してください。
管轄一覧

私達の場合は、双方がアメリカに在住中であり、日本での
在職もなく、仕事や住まいが決まっていないことを前提とした
申請方法になります。尚、日本人(私)の配偶者(彼)としての申請
であり、この場合はアメリカ人配偶者は日本に入国次第
働き始めることが可能です。

必要書類

1.日本人(私)の住民票 
2.日本人(私)の戸籍謄本 
3.両親の住民票(世帯全員) 
4.在職証明(日本で在職でない私達は両親にお願いしました) 
5.在職者の↑源泉徴収または確定申告 オリジナル
6.在職者の残高証明
以上は両親に日本で集めてもらう書類一覧

7.アメリカ人配偶者のBirthCertificate
8.アメリカ人配偶者のパスポートコピー
9.日本人(私)のパスポートコピー
10.アメリカ人配偶者の縦4横3cmの写真2枚
11.私と彼が大きく写っているスナップ写真2.3枚
12.アメリカでの結婚証明書コピー
以上は私達がアメリカで集める書類一覧

この12の必要書類に
13.在留資格認定証明書交付申請書 その1 その2(T)
14.質問書
15.身元証明書
をつけて最寄の入国管理局または出張所に
定形封筒に430円の切手をはり提出します。

13、14,15の書類に関しては、私達当人でないとわからない
質問事項も含まれているということで、それらをアメリカに
送ってもらい、7-12の書類と一緒に日本に送り返すという
方法をとります。もし記入漏れがあった場合や間違い
等を防ぐため。私のお世話になった入管はとても
親切で、実家に13.14.15の書類を郵便で
送ってくれました。

これを両親に提出してもらい、その後早くて1ヶ月、
平均2ヶ月で在留資格認定書が両親宅に送られて来た後
それをアメリカに郵送してもらうことになります。

その後、最寄の大使館又は領事館に
16.在留資格認定書
17.アメリカ人のパスポートコピー
18.アメリカ人のパスポート
19.ビザ申請書(Application for Japanese Visa)
Balnk Forms in PDF format
を提出し、あとはビザが送られてくるのを待つのみとなります。
最短5日だそうですが、逮捕歴があったり不備があると
却下もあるそうです。


今後も手続きの状況をブログ上でUpdateの予定です。
by katespaper | 2006-04-11 03:32 | アメリカ生活
これから
結婚して変わったことって。。

基本的にあまりない気がする。
ただ、前は別れた方がいいのだろうか?って考えたけど、
今はそのオプションが無くなった。

アメリカでは、アメリカ人たちは結婚の際に財産の分け前等に
関して、弁護士を立てて一筆、なんてのが珍しくなくなってきた
という今日この頃。離婚の恐れや不安、可能性を感じるのに
どうして結婚するのだろうか。。。

とはいえ、私と彼の結婚式の参列者の何人かは離婚経験者。

結婚式が終わってまたいつもの生活に戻り、またまた
彼と絡むことが少なくなってしまった毎日。
寂しいなー。

次の目標は日本移住!

とはいえ、どうして日本に住みたいの?と言われると困ってしまう。
日本に住みたい!って、アメリカに来る前のように感じている
訳ではないけれど、本音を言えば、もうニューヨークに飽きて疲れた
から?が大きな理由。

独身、それとも夫婦2人で子供を作らない結婚生活なら、貯金も
さし当たって必要ないし、2人が働いていれば二十分な収入はある。
でも、家も欲しいし子供も欲しい。子供を育てるのに安心できる
環境も欲しいし、そしてその上に、金銭面でのセキュリティーも欲しい。
日本に彼と住むことは、今の生活で築き上げたものを、また一から
やり直すことになるし、私がエイリアンとして経験し乗り越えた苦難を
彼が経験することになる。でもでも、ニューヨークには魅力を感じない。
もしかしたらしばらくしてからアメリカに帰ってくることになるのかも
しれないけれど、一から始めるパワーがある今、どうしてもやってみたい。

私がもし一人だったら?

日本に帰りたいとは思わないだろう。
一時帰国はしたくても、永住の意向でアメリカを去ることは考えない。
日本という国は、安全だし(そうも言えなくなってきている世界情勢)、
ニューヨークのように、日常が戦いで毎日がストレス、という社会とは
また違う。少なくとも、すべてが平均的であることは、私と
彼にとって大きな魅力だ。
普通だったら、普通の人は、がとりあえず大多数の人に通用する。
その普通の幅が大きいのがアメリカで、ほとんど無いのがニューヨーク
なのだろう。若い頃は、この 普通が無い ことに魅力を
感じたのに。。。

当たり前、という言葉で人とコミュニケーションすることが問題なく
可能な日本という国に対しての魅力を感じるようになった。
年齢なのかなー。

実際、留学していた人が日本の文化に馴染めなくなってしまうという
話は良く聞く話で、私自身、一人で帰国することにおいては日本の
文化に魅力を感じない。アメリカ人の彼と帰るから
帰りたい?のは大きい理由の一つだ。

日本に帰国するたびに感じるのは、10日間前後だから楽しいだけ
であって、それも1ヶ月を過ぎると段々と飽きてくる。
もし私が彼と生活を始めるのだったら、パートナーの考えが
日本人でないため、刺激になるし、付き合う友達や出歩く場所、
その他すべてにおいて新しいスタートになる。
ニューヨークという場所柄、毎日がある意味でストレス。
ニューヨークニューヨークでも描かれているように、ニューヨークで
やっていけるのならどこででもやっていける、というのは本当だと思う。
日本にいた時の悩みやストレスなんて、ニューヨークに来てからの
ものに比べたら悩みの枠に入らない。
ある意味、ニューヨークで当たり前に感じてきたストレスを刺激的に
感じるようになってしまったのかもしれない。
ニューヨークが人を弾きつける街であることにはこの意味も
多く含まれているのだと思う。

昔キャブドライバーと話をしていたとき、ニューヨークは好きか?
と聞かれ、
そうでもない、
と答えると、
カスタマーの多くに、出戻りニューヨーカーが多く、疲れて他州に
越したはいいが、スローな毎日に疲れて戻ってくる人が多いことを
話し始めた。

私達もそうなるのかもしれない。

でも、そうなったらそうなったでいいのだ。
そうなりたくは無いが、私達はやる前に諦める2人ではないし、
彼と一緒だったらなんとか出口を見つけ出して頑張れる自信がある。

精神的な悩みの前に、自分の生活自体が危うくなる可能性の
あるニューヨークでの毎日で培ったものは言葉では言い表せない。

毎日頑張っていて、頑張らないと生活していけない街で
強くなった。でも、単調に頑張らなくてはいけない生活に飽き、
もっと違う意味で頑張りたくなった、なんていうのはいい訳?

彼のラストネームでの新しい私のサイン。

彼とのこれからのスタートだ。

by katespaper | 2005-09-08 23:08 | アメリカ生活
国際結婚と両親
結婚式が終わり、いつもどおりの毎日が私達に戻ってきた。

私の両親は、私がアメリカに留学することを反対し、
頼むから、青い目の彼なんかをつれて帰ってこないで欲しい、と
渡米前に言ってきたくらい、国際的な人ではない。
そんな彼らが、たった3泊の為に私と彼の結婚式に来てくれた。
何にも変えられない一生の思い出だ。

父親は海外旅行には慣れていたが、ニューヨークは初めて。
飛行機を降りてキャブに乗って一般道に出たとたん、
きたない、きたない、きたない、と言い続けた。
終いには、

こんな汚いところで何年も住んで、偉かったね、うみちゃん、なんて
まで言ってきて、私を笑わせた。

ま、確かに汚いし、空気も汚れているけれど、毎日いると
それが当たり前になってしまうものだ。
日本に帰った時、私と彼が きれい、きれい、 と言い続けたのと
同じなのだろう。

結婚式の間、私は忙しくて全く両親に構うことが出来なかった。
それに、いろいろなところに連れて行ってあげたかったが、
姪っ子がいたのでそれも出来なかった。

そのまま忙しく3泊が過ぎ、両親は日本に帰国。


家の母親は、本当に素晴らしい人だ。
歳をとり、自分の境遇が変わる度、母親の偉大さというものを
手にとって感じている。
私が3年前に始めて彼を連れて帰った時だ。

彼女は、私の彼がだめと言うわけでなく、アメリカ人の彼だという
事自体が気に入らなかった。日本にいた頃からアメリカ人の
友達を家に呼び、友達がステイした事もあった。
でも、実際、彼です。といってつれて帰ることには抵抗があった
らしく(当たり前)、日本語が全く話せない彼とのコミュニケーション
にも戸惑っただろうし、第一、会話が交わせないことから、彼の
素性というものが分からない。どんな会社に働いているのか、
どんなご両親の元に生まれたのか、大まかな性格。
すべてにおいて、日本人だったら分かるであろう最低限の
その人の 性格 なんかが全く分からない。
私が、

彼とは結婚したいと思っているの、

なんていきなり言ったので、両親は怒って、

じゃー、これからの生活、一切彼に面倒見てもらいなさい、
一切私達を当てにしないで頂戴、

とぴしゃっと言われた。

その後、半年以上母親と電話で話すことをしなかった。

いつ頃だろう?また連絡を取り合うようになり、次の年も
彼と一緒に帰ることになる。
この頃には、母はもう諦めていたのだろう。
私達の付き合いに関しては一切言ってこなかった。

先月の帰国は3度目のものだったけれど、その時点では、もう
結婚式のためのチケットが両親の手元にあったので、
彼に対しての対応も以前のものに比べたらかなりマイルドだったし、
本当に彼に良くしてくれた。

アメリカに戻る前日、母親が、
貴方達、もう籍いれたの? 
と聞いてきた。

ううん、まだ。

母親は、
じゃー、まだ遅くないんだね、考えるのなら今だよ。
と言ってきた。

私は一言、そうだね、と返した。

もちろん、母親も私が結婚することは分かっていたし、
私も、母親がどんな気持ちでその一言を言ったのかも
分かっていた。

アメリカに行くと決めてから4年後の渡米まで、
反対し続けた両親。
アメリカに来てからは、これ以上のヘルプは両親には
してもらえない、というほど助けてくれた両親。

私は、留学を決めた頃には、自分がアメリカ人と
結婚し、アメリカの苗字を名乗ることになることは考えても
みなかった。私の両親が国際結婚を認めてくれ、結婚式の
為に、ニューヨークまで、空港チケットが一番高い時期に
揃ってきてくれるなんて考えてもみなかった。

結婚式後、つい先日、やっとゆっくり電話で
母親と話をすることが出来た。

うみちゃん、彼に、ご両親もお友達も同僚の皆さんも、
とてもいい人そうで安心した。体に気をつけて頑張って
って言っておいてね、

と母が言った。

家の母は、安心した、とか、ありがとう、とか、うれしい、
などという言葉を口に出す人ではない。
照れがあるのかなんなのか、今までこれに相当するような
言葉は彼女の口から聞いたことが無かった。
続けて、ずっと貯金してきたお金があるの。
そのお金、アメリカの口座に送金するか、日本の口座に
残すか考えてまた返事を頂戴、と。

私は、受話器を持ちながら、本当に心から感激して、
感謝の気持ちから涙が出てきた。
家の両親は私の為に、両親として出来る最高の
事をしてくれた。私も自分の子供には同じか、それ以上の
事をしてあげたい、 と心から思った。

国際結婚どころか、アメリカに住むことさえも反対した両親。

そんな両親が、今は私を応援してくれている。

本当にありがとう。







by katespaper | 2005-09-01 05:15 | アメリカ生活
ニューヨーク生活 (飲食)
先日、プチ旅行から帰ったすぐ後にオーナーとフロアスタッフとの
ミーティングがあった。
ちょうどニューヨーク生活の飲食編をアップしようと思っていた
直前の出来事で、考えさせられるものがあったので、ちょっと
そのことも含ませて貰おうと思う。

私は学生だったときから、生活のために日本食のレストランで
バイト(とはいえほとんどフルタイムだけれど)している。
自分で書くのも変な話だが、このレストランは
ザガットでも高く評価されていて、日本人のお客様をはじめ、
アメリカでも名高い名医やアーティスト、そのた著名な方が
ヨーロッパ諸国をはじめ、方々から来てくださる。

この仕事では教えられること(自己啓発を含めアメリカのカスタム等)
がとても多く、たかがレストラン業とは侮れないものだ。

最近は旅行のオフシーズンに入ったのもあり(お盆を過ぎてチケットの
値段が下がった)、日本からの一般の旅行客が団体で来ることが増えた。
つい昨日の話だ。
日本からの10人の若い(20台後半?)の旅行客が
食事に来た。ちょうど私のテーブルに入ったので、私が対応を
したのだけれど、あまりに寂しい気分になった。
私のこの記事を読んでくださっている方にだけでも
分かっていただきたい。

日本人というのは本当に個性が無い。
個性がないというよりは、多分グループでの行動において、
他人を尊重しているのが主な理由かもしれないが、アメリカに住み、
日本以外にも国が存在する、ということを体験した一人として、
日本人を中傷したいのだが、旅行をするにおいて、ショッピングゾーン
や、観光地のリサーチだけでなく、もう少しその国のカスタムという
物もリサーチすべきだと思う。
飲み物のオーダーはまるで皆右に倣えで同じ。
何か聞いても誰も返事をしない。
一人が言い出すのを待たないと誰も何も言わない。
きっと、日本でレストランに入ったらそうではないのかもしれないし、
海外ということもあり緊張しているのかもしれない。
でも、ありがとうくらい言えるだろう。

私はこのグループのことを言っているだけでなく、90パーセント
の日本人の団体さんは決まって同じように振舞うのだ。

ニューヨークのレストランでは、ある程度のレストランに入ると、
ウエイトスタッフが、How are you doing today?
My name is , I will be your server today. と
自己紹介をしてくる。
もちろん、私もそうしている中の一人だ。
そうすると、お客様の方は、Hi, how are you today? と
返してくる。 Thank you for asking, I am doing great!
なんて感じの挨拶から入るのが主だ。

メニューで分からないものがあったらもちろん、ちょっといいですか?
と質問をしてくるし、ほとんどの人が、時間のあるときでいいから、
と一言付け足して、お水をもらえますか? とか 飲み物のおかわり
お願いします。 と言ってくる。

日本語で、お時間のあるときでいいのでお水を頂けますか?

なんて面倒くさいことを言って欲しいとは思わないが、せめて、
ナイスに、お水頂けますか? とくらい言えるだろう。

日本人のお客様のほとんどは、まるでウエイトスタッフをロボット
のように扱う人が多い。いろいろなレストランで食事をしている
人は、サービスを受けることに慣れているのでウエイトスタッフに
ナイスにすることと、自分もナイスなサービスを受けることは
比例している事を知っている。もちろん、ウエイトスタッフは
お客様がナイスにしてこなくてもナイスにするのが仕事だが、
日本人のお客様は先方の方からサービスを受けることを
シャットダウンしてしまうことが多い。笑顔の一つも
見せない。ありがとう、すみません、が言えたのは
10人のお客様の中のたった一人だ。

その人以外は、私がテーブルをチェックに来ることさえ
嫌な顔をした。
開いているお皿は下げるし、テーブルが汚れていれば
拭きに行く。ビールがコップに注がれていなければ注ぎに行くのだ。
それがアメリカのレストランでのサービスだ。
日本だって、そうだろう。
でも、とにかく嫌な顔をされたので、私は全く顔を出さなかった。
その方が彼らはハッピーなのだ。

でも、私は、
この人たち、アメリカのレストランでも全く同じように行動しているの
だろうか。。。だとしたら、すごく恥ずかしいな。 
と思った。

アメリカではレストランを評価するに当たり、デコール、サービス、
フードと分けられていて、このレストランはおいしかったけれど
サービスが最悪で、水の補給にも来ないし、テーブルが濡れていても
拭こうともしなかった、なんてリビューがついたりする。

そういう細かいことを考慮に入れてサービスを提供している。

ミーティングでは、日本人のお客様はそういったコミュニケーションを
嫌うので、事務的に対応するように、という一言があった。
(面白いことに、アメリカ人、アメリカに住む日本人、日本からの観光客
というようにサービスを分けるようにと言われた)

私のレストランは日本食なので、そういう考慮をするが、そういう
日本からの旅行客はもちろんアメリカのレストランでも食事をしている
はずだ。それを考えると、同じ日本人として恥ずかしい気持ちになる。
日本食のレストランでは良いとしても、せめてアメリカのレストランに
入ったら、アメリカのカスタムを考えて行動して欲しいものだ。

アメリカのレストランで飲食するに当たってだが、
まず、アメリカはそのテーブルを担当しているウエイトスタッフが
いる訳で、誰これ構わず引き止めて、何でもかんでも注文すると
いうことは止めて欲しい。
基本的に日本人はとてもせっかちだ。
確かに、注文してから5分以上経っても物が来ない場合は一言
あってもいいが、そうでなければもう少し待つということも
考慮(常識)の一つだ。
誰でもいいので引き止めて何でも頼むのは基本的にここでは
常識ではない。担当を待つなり、このテーブルの担当のウエイトレス
を呼んでくれませんか?なんてのが普通だ。

アメリカは、サービスというものにランクがあり、それなりのレストラン
に入るとそれなりのサービスがつく。そのサービスも、
もちろん食事料金にチップ以外に含まれているのだから、
それもエンジョイして欲しいものだ。
基本的に、日本人のお客さま(日本からの)はとても失礼な人が
多く、同じ日本人としてとても恥ずかしく思う。

日本では今、個室めいたつくりの中でラーメンを食べる、なんていう
システムがあるらしいが、アメリカに旅行にきたら、アメリカの
カスタムを理解し、日本人であるなどという変な考えは捨てて欲しい。
アメリカで受けるサービスも旅行の醍醐味の一つだからだ。

その他、お料理が運ばれてしばらくすると、普通は担当の
ウエイトスタッフが
Is everything all right?
How is everything coming out?
Are you doing okay?
などと聞いてくる。これは常識のサービスだ。

そんな時は一般に、
Everything is great.
Yes, thank you.

と言うなり、もし何かあったら、
May I have a glass of water?
May I bother you for a moment?

なんて感じになる。

その他、アメリカのレストランではウエイトスタッフと会話を
楽しむのも一般に行われている。
 
アメリカのレストランに入ったら、せめてカジュアルに
会話を楽しみ、肩の力を抜いて食事を楽しんで欲しい。

尚、バーに飲みに行く時だが、日本のように椅子に座って
飲みたいだけのみ、最後にお勘定というシステムと違い、
アメリカは(時にニューヨーク)一杯一杯飲み物を頼み、
その都度その飲み物の清算をする。
一杯作ってもらったら、バーテンダーに1ドルから2ドルを
渡すのが常識。

ニューヨークでの飲食を楽しむには、良いレストランや
バーを知っているだけでなく、その場に応じた対応の仕方や
カスタムを知っていることも必要とされる。

特に、評価の高いレストランや、人気のあるバーなどでは
気をつけてもらいたいことだ。

表情の無い日本人、というステレオタイプを裏付けるような
行動はして欲しくないな、と勝手ながら思う私でした。

by katespaper | 2005-08-30 16:30 | アメリカ生活
ニューヨークに住む (医療の実態、保険等)
ニューヨークの医療や保険はまるで地獄状態。

まず、アメリカの待遇のいい保険に入っている場合、
医者を訪ねるたびにいくらかのお金を請求される。
日本の保険と違ってお金を何も持たずには
医者にいけないのだ。

私は結婚後は彼の会社の保険に入る予定なので、その時は
やっと歯や目の治療も保険を使えるようになるが、日本で入った
留学生保険(一年ごとに更新)はとにかく曲者。この保険は
目と歯には使えない。

この保険、確かに一円も持たずに医者に行くことは出来るが、実際
診察をしてもらってからでないと保険が効くか効かないか分からない
というのが事実。その医者の事務をしている方が、まず、その保険
会社のクレーム会社にお金を請求。そこで審査された後、
じゃー、これは保険使えます。使えません。といった感じのプロセス。
なので、医者に手ぶらで行っていい気になっていると、いきなり
1ヵ月後とかに1000ドルとかの請求が来たりする。
保険が利かない場合、もちろんお医者様に払うお金と、
検査があった場合は検査機関に払うお金との両報の請求が
来るのできつい。
医療の実態に関しては以下に詳細あり。

皆さんお久しぶりです
いい加減嫌気がさすアメリカの医療の実態

これは彼の足の怪我に関しての記事ですが、その前にも
甲状腺に腫瘍が出来るという惨事が彼に起こりました。
そのときも、甲状腺の腫れを感じて医者に行った所、

ここに電話して検査の予約を取って下さい、とぶっきらぼうに言われ、
電話したところ空きが一ヵ月後にしかないとの事。
日本だったら患者に検査機関に直に連絡を入れさせるなんて事
無いでしょう。。
で、その一ヶ月間にも腫瘍はみるみる大きくなっていく。
やっと検査をしてもらい、結果が出るまでに2週間。
医者の届いているはずの検査結果がレセプショ二ストの怠慢(彼女が
医者に検査結果を手渡ししていなかった)でまたまた3週間待たされ、
医者と検査結果について話が出来たのは一ヵ月後。
この医者も医者で、切りましょう。と、他の手段を考えることもせずに
一言行った後、この日から私はバケーションに出るからその前に。
なんてひどいことを言ってくる。

最終的に彼は医者を変え、その後東洋医学で甲状腺摘出
を免れたものの、私も彼も、去年一年、こういったアメリカの医療や
保険のサービスの悪さにほとほとアメリカが嫌になりました。

多分、大都市ニューヨークだからこういうことが起きるのかも
しれないけれど、一人の人が一つのことにしか責任を持たないという
アメリカのシステムには不都合を感じます。

これは私の仕事だけれど、これ以上は私は知りません、みたいな
事を平気で言える。

医療に関わらず、カスタマーサービス全般において、
責任、 という言葉に対する重みが余りに軽いアメリカ。

そこで黙っていると足元を見られていいようにされてしまう街。

強くないと生きていけないのがニューヨークです。

正直言って、私は責任者以外の一般のカスタマーサービスや
レセプショ二ストを全く信用していないし、信用しなくて自分で
確認してみて損害を免れたことも数え切れないほどあります。

ロングアイランドの学校に行っていた頃は、同じ州とはいえ、
全く人の対応が違っていて、もっと好意的で親切だった。

マンハッタンに来る皆様、心して対応してください!!

by katespaper | 2005-08-29 03:40 | アメリカ生活
プチ旅行
私も彼も、本当の意味でのハネムーンは9月以降にすることに
決めていた。でも、結婚式後、せっかく一週間休みを取ったのだから、
どこかに行きたかった。

夏の間、結婚式に控えて日焼けをすることを避け、
お互い忙しくて時間が取れずに一緒にビーチにも行っていなかった
私達。
フロリダであろうとどこであろうと、2人っきりで、相手を誰とも
シェアしなくてもいい時間
(彼が私を私の両親とシェアとか、私が彼を彼のボスとシェアとか)
がもてることがとてもとても嬉しかった。

水曜は、結婚式の後始末にも終われることなく、一緒に
映画に行きたいという希望が叶って映画館へ。
その後メキシカンを食べに行き、アパートに戻り旅行の
為のパッキング。

フロリダに着くと、ホテルへチェックイン。部屋は19階の海に面した
とっても素敵なバルコニーつきのものだった。

この時やっと、本当に本当に結婚したんだなー、って時間が
沸いた気がする。時間に追われず、2人きりで一日中どころか
5日間過ごせる旅行。とっても楽しかった。

シュノーケリングをはじめスキューバー、その他パラセイリング。
プールサイドでの食事にキューバの音楽にあわせての
ビーチ沿いでの夕食。ボートで沖まで出てのフィッシング。
水辺が大好きな私と彼。
真っ黒に日焼けして帰ってきました。

楽しかった。

ホテルはマイアミで、その間キーウエストまで足を伸ばした私達。
世界で3番目に大きいさんご礁で魚と一緒に泳いできました。

驚いたのは、マイアミの人達があまりにも綺麗だった事。
やはりビーチがあるからか、皆スタイルがいいし、スタイリッシュ。
私の中でのマイアミのイメージは、どこへやら。
すっかりフロリダファンになってしまいました。
サウスビーチからマイアミビーチ沿いに出かけていたからであり、
もちろんブロンクス並みに悪い治安の場所もある訳で。

にしても、とにかく皆綺麗だった。
ブラックの人たちも、キューバンやスペインが混じっている人が
多いため、とってもキュート。ニューヨークのスパニッシュというと、
メキシカンの方がぴんと来るが、こちらはスペインのスパニッシュ。

背が高くてスタイルが良くて、とにかく皆綺麗だった。

ニューヨークのビーチでは見かけないであろう人々。

夏の間はオフシーズンの為、ビーチも空いていたし、レストランも
長い列が出来ていなかった(とはいえ十分な人出でした)ので
時間も有効に使えたし、のんびりも出来た。

オフシーズンのフロリダってとってもお勧めかも。
マイアミの高級ホテルに4泊プラス往復航空券で一人$430の
旅行でした。
(食事や飲み代、タクシーやその他のレクリエーションにかなり
お金を使いましたが)

とっても楽しかったプチ旅行でした。

by katespaper | 2005-08-26 14:52 | アメリカ生活
式後
2次会のバーに着く。

みんなが待っていて、ドレスを着ていない私はやっと思い通りに
皆のところへ行き、やっと面と向かってお礼を言ったり話を
したりすることが出来た。

しばらく会話を楽しんだ後、携帯がなる。

両親だ。

本当は両親も2次会に顔を出す予定だったけれど、時差ぼけと
疲れもあり、姪っ子はぐったり来ていた。
なので、ホテルでしばらく休むことになった両親が、
姪っ子がお腹がすいて泣くのだけれど、近くに日本食の
レストランは無いか? と聞いてきた。

日本からたったの3泊の為に来てくれた両親をほおって置くことも
出来ず、私は彼に、一旦両親を食事に連れて行っても
いいだろうか? と相談する。
その後両親のホテルに戻り、一時間だけ食事に出かけ、
3次会で皆と落ち合うことに。

一人帰り、二人帰り、と少なくなっていく中、彼のボスが帰ろうと
しない。彼は、ボスを残して帰ることは出来ない、と言い、
その気持ちも十分に分かる私は、

じゃー私はもう疲れてくたくただから先にホテルに戻るね。

と言い残してホテルに戻った。

ボスをはじめ、皆に飲み物を買ってもらい酔っ払った彼は
どうも3時ごろにホテルに戻ってきたらしい。
そのままカウチで寝てしまった彼、朝方6時ごろにごそごそと
ベットに入ってきた。

私はステイタスキープの為にクラスを一つだけ取っていたの
だけれど、そのクラスのファイナルがなんと結婚式の次の日の
月曜。彼がベットに入ってきた事で目が覚めた私は、
入れ違いでベットから出て、テキストをめくり始めた。

とにかく時間が無くて勉強は出来ていなかったし、彼との
結婚式の打ち合わせも全く出来ていなかったし、はちゃめちゃ
過ぎた波乱万丈の結婚式。

彼も9時ごろにベットから起きてきて、2人で荷物をまとめて
キャブに乗り込み、私は学校の前でおりた。

試験が終わり家に着き、今度は両親の待つホテルへ。

タイムズスクエアと、彼の仕事先を見せたかった私達は、
両親を連れて街へ出た。

疲れ切ったまま十分な睡眠も取れていなかった私達は、
その日アパートに戻ると、ベットに倒れた。

火曜の朝、両親を送ってJFKへ。

空港に着いたとき、急に母親が、手荷物用だった黒いバックが
ない!と騒ぎ出す。どうも、部屋からロビーまでは母親が
持っていたのに、タクシーに乗り込む際に姪っ子を抱っこした
為どこかに忘れてしまったらしいのだ。

でももうどうしようもない。

両親と妹、姪っ子を見送り、その後私達はアパートに一旦戻り、
ホテルに連絡してみたが、そういう忘れ物や届け物は無いという。
そりゃー鍵つきのいいバックがぽつんと置いてあったら誰かは
持って行ってしまうだろう。

彼は、ホテルに直接行ってみよう、と言い、その際に私のドレスも
返却してしまおうという事になった。

くたくたのままホテルに向かい、名前と電話番号を残し
チャイナタウンにドレスを返しに行く。

私も彼も、

結婚式ってこんなに疲れるものなのだろうか。。。。という
言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。

食事を帰り道に済ませ、途中インターネットカフェに立ち寄る。

新婚旅行の予定も時間が無くて立っていなかった私達。
どこかにラストミ二ッツのいい旅行が残っていないだろうか。。と
探し始める。

9月中旬までアメリカから出ることが出来ない私。ビーチに行きたい!
南国気分を味わって、マルガリータを片手にのんびりしたい!
という希望でサンディエゴやハワイを検索するが、どこも一杯。
飛行機が開いていてもホテルが開いていなかったり、飛行機自体
のチケットが取れなかったり。
そんな時彼が、フロリダだったらきっと空きがあるよ!と一言。

スキューバー出来る!! とうきうき気分の私。

次の日出発の旅行は開いていなかったので、木曜出発の
飛行機でフロリダへの旅行が決まった。




by katespaper | 2005-08-26 14:25 | アメリカ生活
披露宴
披露宴の前に記念撮影。
本当はセントラルパークにでも行きたかったのだけれど、
なにしろ猛暑で、私はドレスに彼はタキシード。
なので、私と彼の始めてあった場所、グランドセントラル駅での
写真撮影となりました。

その後レセプションホールに戻り、入場。

とにかく何がどうなって、次に何があるのかも何も分からなくて、
まして何が起こっていたのかも覚えていない。

ビデオを見るのが楽しみだ。

12時から3時までの予定で、早くギフトを配らないと、という
時になり、彼にその旨を告げると、わかった!といい
部屋の外へ。

はー、やっぱり。
ギフトに名前も書いていないし、テーブルごとの仕分けもしてなかった。

むっとしている私に気がつき、彼は、

僕がきちんとするから君はあっちで待ってて!といい、
しばらく待った後に辺りを見回すと、なんと、2人でする予定の
ギフト配りを彼が一人でしている。

We are supposed to do it TOGETHER!!!

と叫び、彼の元へ。

はー、なんとはしたないブライドであろうか。。。

あっという間に終わった結婚式だった。

もう一度やり直したい。。。

式が済んだとたんにすごい雨が降り出した。

双方の両親を乗せて送っていく予定だったリムジンが、
彼の両親だけ乗せて駅へ行ってしまい、私の両親は
取り残されてしまう。ドレスを着ていて思い通りに動けないため、
両親にキャブを止めてあげる事さえ出来ない。

お友達達の助けが合ってやっとキャブを止め、
両親はホテルに戻った。

大人だけならいいものの、眠たくなった姪っ子がだだを
こね始めていたので大変だった。

その後彼が私のところに戻ってくるが、私はとにかく起こり続けた
ハプニングに精神的にぐったり来ていた。

彼がホテルのスイートにチェックインをする。

結婚式が終わってらぶらぶムードのはずの2人は、
なんだかイヤーな感じで部屋に入った。

私は一言。

どうしていつも私の助けを借りずに、全部自分で抱え込もうと
するの?それで最終的に問題が起きないのであればいいけれど、
いつも問題が起きる。こういうことが続くと、そのうち貴方に
何も任せることが出来なくなっちゃうじゃない!

と言った。

彼なりに頑張ったので、彼も怒ってそんな事言ったって!

と言い返してきたが、どう頑張っても彼が悪い。

ごめん、これからは全部一人で抱え込まずに君に頼むよ。

と返した。

みんなが2次会で待っている。

仲直りした私達は皆の待つバーに急いだ。

本当にはちゃめちゃだった結婚式。
それも又いい思い出としていつか笑い話になるのかもしれない。
by katespaper | 2005-08-26 13:54 | アメリカ生活
結婚式
教会についた。

初めて、私と彼の為に多くの人が他州や国外から
来てくれているんだ。。ということを実感し始めた。
それまでは用意で大変でほかの事を考える余裕が無かった。

両親を含めた結婚式のリハーサルをする予定だったのに、
ホテルでもめた為、疲れ果てていた両親抜きでのリハーサル。

お父さん、お母さんに短い説明をしたものの、もう
両親は何がなんだか分からなくて、まるでチェスのピンのように
引っ張られるままに動いている。

私と父は連れ立って反対側のドアに向かって入場のスタンバイに。

ブライドメイドとグルームメンが入場していく。
のぞくと、彼はもう神父さんの前に立っている。

そしてオルガンの音楽が変わった。

さあ私と父の入場。

あーーーーーーーーー、歩くタイミングが合わない。父のペースが
遅すぎる。でも、長いドレスを着ている私はタイミングをオあわせると
ドレスの裾を踏んでしまい、歩けない。

あんなにちぐはぐな入場は無かっただろう。

私は一言、

レッツゴー、と父に声をかけ父を引っ張って神父さんと彼のところへ
一気に歩いた。

時間が無くてすべてがぶっつけ本番だった私達の式。

父は私のベールを上げ、頬にキスをし、彼と握手をして
席に着いた。

彼を見ると、かなり汗をかいている。

とってもとっても照れくさくて、彼の目を見れなかった。

You are so beautiful.

と言ってくれる彼に、

Thank you.

と返すのが精一杯だった。

神父さんが話し始める。

長い。。。

とにかく長い。

私は、ロマンチックな瞬間に浸ることが全くできず、
早く終わってくれないかと心の中で祈っていた。

真面目なのは苦手。。だ。

20分くらいかかっただろうか。

やっと式が終わった。

ゲストを見送り、外に出る。

日差しが強い。

本当はちゃんとした記念撮影や、写真がとりたかったが、
強すぎる日差しの下、一枚取るのが精一杯だった。

彼が皆に、

エアーコンディショナーが聞いている部屋で一杯やっててください!

なんて言ってゲストを促した。

その後教会の中に入り、神父さんと向かい合っての
結婚届へのサイン。

サインを済ませ、ちょっと感動が押し寄せてきたとき彼が言った。

僕、時間が無くて神父さんへのお金、用意できなかった。

ムードはぶち壊しだった。

恥ずかしいったらありゃしない。。。。
だから言ったじゃない。
by katespaper | 2005-08-26 03:52 | アメリカ生活
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